誰もが生き生きと輝ける定年後の生きがいライフの作り方

生きがいのある人生とはなんでしょうか?

高齢化社会となり定年後の働き方も多様化し、本当に価値ある人生とは何かを見つけることが大切です。

人生の大先輩から定年後の生き方を学んできた生きがい応援家平石武氏は一人一人が本来の能力を発揮して心の底から生きがいを持てる人を増やすために活動しています。

本日は55歳からの生きがいライフをテーマにお話しいただきます。

定年は人生の大きな転機


生きがいある人生とはどんな人生かイメージされたことはありますか。
私のイメージですが大学に入り就職して人によっては転職を経験しながらキャリアを重ねていきます。

最終的には定年を迎えその後は悠々自適にセカンドライフを送るというイメージがあります。
これは多くの方がこのようなイメージを持たれていると思います。
悠々自適とは趣味や仕事、ボランティアを通じて自分の大好きなことを実現するイメージです。

実は私の父もそんな生きがいライフを送っている一人です。父はメーカーに勤めていて60歳を機に定年退職して大学院の先生をしています。

こちらの写真は大学の公式の資料に使っているもので笑顔がわざとらしいですけれど、実際は会うといつも楽しく充実した生活を送っています。
ただこういう微笑ましいことばかりではありません。

例えば引きこもりや一人暮らし世代が高齢化していく現状。
定年後仕事をしたいけれど自分が何をしていいのかわからない。
やりたいことはあるけれどそれをみたすポジションにつけないという雇用のミスマッチなど色々な問題が起こっています。

これはとても悲しいことだと思います。

悠々自適なセカンドライフを目指して新卒から頑張って働いて定年を迎えたその先にこのような問題が待っていたらすごくせつないと思いました。

私も皆さんも勤めている人にとって定年は必ず通るポイントだと思うので広い意味でいうと皆、当事者ではないかと思っています。

なので、この問題を解決して55歳からの生きがいライフを応援したいと思っているし自分も将来このようなライフを実現したいと思っています。

人生の大先輩から学んだ大切な事


なぜ定年を迎えていない私が定年後の話にこだわるのかというと過去に自分の身近にいた人生の大先輩からの影響が大きいからです。
この写真は家族で祖父と祖母ですが、私の実家が祖父母の家の隣同士にあり小さい頃から毎日、祖父母を訪ねて遊びに行っていました。

私は特におばあちゃん子で欲しいおもちゃがあれば買い物に付き合わせるし、はまっているゲームがあれば祖母を巻き込んで、よく一緒に出掛けていました。

その後地域のボランティア教室を1年程お手伝いすることがありましたがその時のボランティアメンバーのほとんどがリタイアされた方ばかりでした。

こういう国籍や文化などのバックグラウンドが違う人達に対して皆で連携して一生懸命に日本語を教えている姿を見てこの人達はとても元気で輝いているなと感じました。

こういう例を見ていて定年とは多くの人にとって間違いなく人生の大きな転機だと感じました。

ただいい転機ばかりではなく、私の知り合いで65歳にして2年間で3回も仕事を変えている方がいます。理由はスキルのミスマッチや人間関係など色々とありますが今はやりがいのない仕事で悩んでいます。

また別の知り合いの方は公務員を早期退職して同じ仕事をやりたくないとアルバイトを転々とされている中、今は掛け持ちで幾つかアルバイトをしています。結局落ち着ける仕事が見つかっていない状況です。

本来の能力を発揮して生きがい環境を作る方法


先ほど挙げた問題の中でこれらの例を見ているとキャリアにかかわる問題というのがやっぱり生きがいに影響を与えていると思います。そこでキャリア支援を通して本来の能力を発揮して生きがい環境を作る方法について考えてみました。

生きがい環境の実装については3つあります。

① 適正や価値観を客観視する自己分析
自己分析と聞くといまさら新卒の就活生みたいなことと思われるかしれないですが、意外と自分の得意なことや好きなことを明確に言語化できていない人が多いことをシニア支援団体の方からよくお聞きします。

そこでこういった形で自分に問いをいくつも立てることで自分に合う仕事やライフスタイルを浮き彫りにしていく仕組みをつくります。

父の例ですが定年の10年前から講師の仕事をしていて、その仕事が自分に合っていて、なおかつ周りから評価も高くやりがいもあったようです。定年後の仕事を一生の仕事にしたいと決めた状態で大学の講師を通して生きがいライフを実現しています。

② 終業前のインターンシップ活用
2つ目のアプローチのインターンシップは気になる仕事があっても結局その働いた後で仕事内容や人間関係の理想と現実のギャップが生じてしまうという例が多いこともあります。

なので、実際に働く前にインターンシップを通して仕事内容や人間関係が自分で納得いった上でその仕事につくという流れをつくりたいと思います。

これは私の例になりますが働いていた会社で最初はアルバイトで週1~2回という形で関わっていました。

徐々に仕事をまかせてもらえるようになり社長や社員を知っていくと同時に会社にも自分の性格とかスキルというものを知ってもらう中でどんどん仕事をまかせてもらえるようになりました。

最終的には大きなイベント運営や制作の統括の仕事をやらせて頂き実績をつくり上げることができました。

③ 移住支援を含むライフスタイルの提案
最後に移住支援ですが、住む環境も意外に大きい影響を与えています。
生まれ育った土地や住んだことのある場所で余生を過ごしたい人がこれからも増えるとおもいます。

先程紹介をした日本語教室ボランティアメンバーの方は大阪から北海道に引っ越しをされました。古民家を改装した素敵な家と自然に囲まれた環境で楽しい生活を過ごしています。

こういったことを実現するために自分の原動力になっているのはこの真志命です。

私の真志命は「心の底から生きがいを感じられる環境をつくる」です。

1人1人が心の底から生きがいを感じられることを生活の原動力にする世界をつくりたいと思います。

祖父と母から学んだ経営と奉仕の精神


なぜこのような世界をつくりたいのか。
それは私の祖父が影響しています。

私の祖父は若い時に印刷事業で独立しました。そのまま順調に事業を運んでいく予定でしたが工場を継ぐはずの叔父が私の生まれる前に自ら命をたってしまったのです。

その後は事業も縮小して従業員も離れていき、さらに私が小学校5年生の時に祖母も他界してしまいました。最終的に工場を畳んで手放すことになりました。

祖父の口癖は「技術革新についていけなかった」と言っていました。
今になって思うのはせっかく培った技術やスキルを別の道に活かして何か進めていれば別の結果が出たのではないかと思ったりします。

そんな祖父の大きな支えになっていたのが私の母です。
祖母が亡くなった後、明日から身の回りのことを全てやらなければいけないとなった時に幸い家が隣同士に住んでいたので「これから晩御飯を一緒に食べませんか」と提案したのが母でした。

これからもっと細かいケアが必要になることを見据えてヘルパーの資格を取って最終的に祖父が息を引き取るまで一番近くに寄り添って一番長い時間を共有したのが母でした。
私は母のそのような奉仕の精神を受け継いでいると思います。

そして最後に色々な例を紹介したように、定年前後といっても経歴や価値観や性格など多様にあり同時に悩みも多様になります。

ですが見方を変えるとスキルや才能や魅力も多様性に富んでいると思います。それを活かして1人1人に合った定年後の生き方を真剣に考えることで最高の生きがいを届けることを目指します。

この思いに共感して頂いた方はぜひ私の真志命を実現することに力を貸してください。

最高の生きがいをあなたに。
ありがとうございました。