有限会社エーツーサイン 永吉英社長が語る「創業に至る想いと軌跡。ゴールを決めることで学びが変わる」

毎週日曜朝9時半から、FM那覇で放送中の『坂本憲彦のラジオ経営塾』。起業家の専門家、坂本憲彦がはじめての起業で成功するために大切なポイントをお届け。沖縄で起業したい人を応援するラジオ番組です。

今回は、沖縄県で創業21年の看板製作会社、エーツーサイン代表取締役の永吉英社長をお迎えし、創業までの経緯と想いや、創業初期のエピソードをお伺いしています。社長になるまでの学び方や、社員との関係づくりで大切なことについてお伝えしています。

こちらの音声は、Podcastよりお聴きいただけます。

動画は、下記のYouTubeよりご覧いただけます。

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目的意識で5倍になる学び

中田:今日は、このFM那覇がある沖縄県から素敵な社長さんをお迎えしております。有限会社エーツーサイン代表取締役の永吉英社長です。エーツーサインさんは、看板、広告などの制作をされていて、企業様の業績アップ支援でコンサルの要素も入れながら、20年以上プロフェッショナルなお仕事をされていらっしゃいます。

永吉社長は1970年那覇市生まれ。現在はエーツーサインさんの経営以外に、沖縄県広告美術協同組合で理事長としても活躍をされています。

今日は永吉社長の起業の想い等々、坂本先生と思う存分トークを展開していただけたらと思います。

 

坂本:早速、永吉社長のお話を聞かせていただきたいと思います。

今、沖縄で看板業をされていらっしゃいますが、どのような想いで立ち上げられたのか、経緯を教えていただけますか。

 

永吉:創業して今年で21年目に入りましたが、もともとはサラリーマンで、雇われ店長をしておりました。当時はガソリンスタンドの給所の所長で、娘が生まれたことをきっかけに起業を決心しました。いろいろ経験をしていく中で、娘に誇れる仕事をしたいなと。決してガソリンスタンドが誇れないというわけではなくて、それ以外にいろいろありましたので。

この独立をする際に、看板業の会社に独立を前提に修行をさせてくれと、2年の修行をさせていただきました。職人業ですので、通常10年くらいかかると言われている中、2年で独立というと周りからかなり馬鹿にされました。ただ、私の言っている2年と皆さんが言う10年というのは、全く別物でした。それは何かというと、独立をすると決めて会社に勤めたということです。

その会社は朝9時から夕方6時までの8時間勤務でした。そこを私は朝の7時に出社して、掃除をし、道具を磨き、1日のスケジュールを立てました。そしてみんなが9時ぎりぎりに出社する際には、テーブルの上にはお茶と1日のスケジュールを並べておきました。9時過ぎてスタートをし、職人業の世界なので、ひどいときは4時くらいから酒盛りの準備が始まる、そんな世界でした。

同僚は6時になると、飲みに遊びに夜を謳歌しに行きました。私はというと、社長にお願いをして道具を貸してください、工具を貸してくださいということで、夜の12時までみっちりと仕事をさせてもらいました。道具や工具を触るのがとっても好きで1個1個覚えていきました。もうここでお気づきだと思いますが、時間にすると、通常の8時間どころではないですね、4年も5年も経過しているような、そんな時間の使い方をしていました。

一番の違いは何かというと、私は最初から独立をするという前提で修行をさせていただいているので、もう、この時点で遣われているのではなくて、考え方が社長ですよね。材料がどうしたら安くなるのか、目的地までどうしたら1秒でも1分でも早く着けるのか、いろいろ試行錯誤をしながら毎日を過ごしていました。

そして2年後、晴れて独立をするわけですが、その独立する日にちもまたちょっと面白くて。実は私1999年の9月に独立をさせてもらいました。坂本先生、1999年の9月というと何か思い出しませんか。

 

坂本:ノストラダムスの大予言ですね。

 

永吉:その通りです。当時、この世の終わりだ、こんな最悪な日はないなんて言われている中、誰に相談しても、こんな日に独立する奴は馬鹿だ、どうかしている、なんて言われていたんですね。なぜか、あまのじゃくの私はそれが全部応援歌に聞こえたんですよ。解釈の違いでしょ。これ以上悪い日はない日に独立をすれば、これ以上さがることはないわけですよね。あがるしかないんだと。これはもう絶好の日だと。それで、この日に独立をさせていただきました。

 

坂本:それだけちゃんと目的意識をもって朝から夜までしっかり修行をされて、すごいですね。なかなかそこまでされる方は周りにいらっしゃらないと思いますがどうですか。

 

永吉:おそらくいなかったと思います。確かに同僚はというと、遊びに行くのが楽しみだったんですよね。僕の欲求はというと、道具や工具や仕事を覚えるほうがすごく楽しかったんです。目的に向かって突き進むという過程がすごく楽しかったですね。

 

独立のきっかけと手段の選び方

坂本:もともと若い時の早い段階から独立志向はあったんですか。

 

永吉:そうでもなかったんですけど、子供の誕生をきっかけにまったく思考が変わりましたね。

 

坂本:娘さんのためにということですね。

 

永吉:若い頃は仕事を転々としていまして。実は、高校を退学になって、親に勘当されて、その時からずっと一人暮らしをしていました。それで時給が5円高い、10円高いというので、お金、お金、お金、という感覚で職を探していたんです。なので、一般の人と比べると職の経験はたくさんさせてもらいました。いろんな会社の社長を見てきたので、これだったら俺もできるんじゃないかと根拠のない自信がものすごく湧いてきて、独立をさせていただいたという流れになります。

 

坂本:もしよければ看板業をやろうと思ったきっかけを教えていただけますか。

 

永吉:もともと物づくりがとっても好きで、とにかく細かい作業が好きでした。そんな中、お客さんが欲しいと言ったものを、自分だったらできるよと作って、これに対してお客さんがありがとうと言ってくれてお金ももらえる。そして看板業は決まったものだけではなくて、身の回りのものが全て材料になって、アイデア次第で何にでも変化できる、いい職業だなと感じたことがきっかけでした。

若い頃にやんちゃをしすぎていたので、周りに認められる行為が少なかったんですよね。なので、お客様から、ありがとうと認められている感覚が背中を押したのかなと思います。

 

坂本:看板を作って、お客様に喜ばれるとダイレクトに伝わってきますもんね。

今のお話を聞いて禰覇さんいかがですか。

 

禰覇:このちょっとの時間なのにストーリーが凝縮されていて、すごく面白いなと思いました。修行をされていた2年間は、体感的に長く感じたのか、あっという間だったのかが気になりました。

 

永吉:ものすごくあっという間でした。好きなこと、楽しいことをやっているとあっという間に感じますね。

 

禰覇:長い時間やっていると、人によっては毎日続けるのが苦痛になってくるかなと思ったんですけど、あっという間というのを聞いて、本当に好きなんだなというのが伝わってきました。

 

坂本:独立をされて、そこからどのように成長したのか、その経緯をまた教えていただけますか。

 

永吉:会社の名前がエーツーサインといいますが、私の想いが会社の名前に詰まっています。

若い頃、モータースポーツをかじっていた時期もありました。その時にトップクラスがAクラスと位置づけられていて、その中の2番手でありたい、という強い想いからエーツーサインという名前にしました。サインはサインボード、看板ですね。

これを言うとほとんどの方に、なんでエーワンじゃないの、と言われます。

Aクラスの1番ゼッケンをつけた時期もありましたが、一番を目指していたはずなのに、その時なぜか楽しくなかったんです。それはなぜかというと、そのクラスで一番早いので、追いかける人がいなくて気にするのはずっと後ろばかりなんです。一番楽しかったのは、ゼッケン2番をつけている時でした。やっぱりトップを常に後ろから観察をして、あそこのコーナーで抜くぞとか、ここのブレーキングで並ぶぞとか、計画を立てて実行に移すこの楽しみがものすごくよかったんです。

なので、私は常に後ろを見るのではなくて、前を見続けられる、そんな経営をしたいという想いからエーツーサインという名前を付けました。

 

順調な売り上げと増えた離職の原因

坂本:起業した当初、売り上げは順調だったんでしょうか。

 

永吉:本当にやる気がすごくて、業績も順調に右肩上がりでしたが、唯一それと反比例するものがありました。それが、従業員の離職なんです。10年目くらいまで悩み、苦しみました。正しいことをしているの、に正しいことを言っているのに、なんで離職していくんだと。

原因に気づくまでにかなり時間がかかりましたが、結局は自分自身の言葉の暴力だったり、外的コントロールを使って、思いやりのない言葉を常にかけていたということに気づかされて、やり方ではなく、あり方を気を付けるようにしています。

 

坂本:それがよくないと気づいたのは、何かきっかけがあったんですか。

 

永吉:たくさんの研修、講習を受けて、そしてある会社の研修を受けたときに、選択理論心理学という学びがありました。その心理学を学んでいくうちに、私がそういう結果を作る言葉を投げかけていたということに気づきました。そこから、しっかり土台をもって、理念を大切にもって、経営していかなければならないと常に思いながら前に進んでいます。

 

坂本:僕も経営者になりたての時に、自分と同じことができない人に対して怒っていました。今は、自分と同じことができる人が偉いわけじゃない、僕ができないところをやってもらうことが大事なんだなということに気づきました。

 

永吉:僕もある言葉を聞いてはっとさせられました。『違いは違いであって、間違いではない』なるほど、そうだよな、違いだったんだよねと。僕はそれに対して間違いだと強く言葉を使っていたんですけれど。それはすごく反省しています。

 

社長と社員を一丸にした理念

中田:永吉さんの社員さんはすごく勉強熱心で、時間を大切にされる方が多いというイメージがありますが、日々社員さんに接するときに核にされていること、軸にされていることはありますか。

 

永吉:経営理念を、朝礼で一人一人唱和していただいています。そして唱和するだけでなく、どんな想いで作られているかを、一人一人に本当に浸透してもらうためにひも解く、これを毎日やり続けています。私がいなくても、それを基準としてまわるようにですね。

 

坂本:今は以前のように離職する人は少なくなったのでしょうか。

 

永吉:だいぶ少なくなりました。

 

坂本:理念をみんなで共有しながらやっていくって本当に大事だなと思います。

 

永吉:結局一人一人幸せになってほしいんですよね。軸となるのはみんなに幸せになってほしいし、自分も幸せになりたい。自分の幸せって何だろうというと、みんなが幸せに笑っている顔を見ていることなので、そういう状況をつくりたいですね。

 

坂本:ちなみにどんな経営理念ですか。

 

永吉:使命感、経営目標、基本精神の3つに分けて書いてあります。

 

中田:経営理念からの流れ、志経営ってすごく大事なところを実践されている永吉社長。

今日はあっという間で、時間がきてしまいました。

次回細かくお聞きできたらと思いますが、いかがですか。

 

坂本:ぜひまた次回も楽しみにしております。

 

中田:今日は起業ヒストリーをお聞かせいただきました。経営理念のつくりかたや浸透のさせ方、そして今、沖縄県広告美術協同組合で景観の保全にも取り組まれていらっしゃいますので、次回またその辺もお聞かせいただけたらと思います。永吉社長、坂本先生、禰覇さん、ありがとうございました。

 

永吉坂本禰覇:ありがとうございました。

 

次回:【第101回】坂本憲彦のラジオ起業塾「有限会社エーツーサイン永吉英社長が語る「経営理念を共有することの大切さとマインドの重要性」」