坂本ひろこさんインタビュー「立志財団は第二の実家。夫婦で創ってきた軌跡」

こんにちは、立志インタビューでは、会員の志やビジネスのストーリーをご紹介していきます。今回は一般財団法人 立志財団 評議員 坂本ひろこさんです。

坂本ひろこさんは立志財団の立ち上げ時期から坂本憲彦代表と共に今の立志財団を創り上げてきました。立志財団のサポート役として活躍しておりますが意外と立志財団でインタビューを受けることがなかったため、今回は立志財団のサポート役、そして坂本憲彦代表の妻として普段知られていない坂本ひろこさんの素顔に迫ります!

立志財団を支える妻としての役割

ーひろこさんのお仕事ついて教えてください。

坂本ひろこさん(以下敬称略):坂本代表の妻として立志財団の会員の皆さんのサポートっていうところと立志財団の活動を知っていただく活動をしてます。そのために異業種の交流会をうちでもやっておりますがニーズマッチという交流会のいい組織があって、役員や支部統括をやっております。

そのニーズマッチの交流会の活動を通じて、やはり目的としては、立志財団の会員さんを増やすことを、志から事業を作るっていう考え方を決めて多くの方が幸せな方向にサポートができることが楽しいですね。今年は特に仲間を増やすというところを集客にはなりますがそれに注力をしています。

2025年は特に仲間が増えて現在会員は100名以上に!

 私の志は「坂本憲彦の夢の実現をサポートする」

私の志は、「坂本憲彦の夢の実現をサポートする」ということにあります。一人だけを支えることだと小さく感じる方もいるかもしれませんが、坂本先生自身は「すべての人を真に導く」という大きな志を持っています。

私たちの取り組みは、他人の人生を生きることではなく、一人ひとりが自分の価値観に合った仕事や人生を送り、幸せになれるよう支援することです。そのための一環として、交流会を中心に多くの方と出会い、関わっていく活動を行っています。

「やっていこう」と決めて踏み出した一歩一歩

ー交流会を通じて、新しい人と関わる機会はここ数年で増えたと感じますか?

自分にとっての一つのきっかけは「ニーズマッチ」への参加でした。その後、立志の交流会にも関わるようになったのですが、もともと私は人見知りで、新しい人と出会うことには緊張を感じ、あまり得意ではありませんでした。
それでも「挑戦していこう」と決めて、一歩一歩進んでいくうちに、少しずつ交流会にも慣れていきました。今では「立志財団はとても良い場だよ」と、自信をもって周りに伝えられるようになっています。

旅行中の坂本夫妻。日本中、世界中をお二人でご旅行されます。

旅行中の坂本夫妻。日本中、世界中をお二人でご旅行されます。

私の真志命が「坂本憲彦の夢を実現するサポート」へ至る背景

ー立志財団も今年で8年ほど経ちますが、何が立志財団を夫の坂本憲彦さんと共に立ち上げるきっかけとなったのでしょうか?

それに関しては私の真志命が「坂本憲彦の夢の実現をサポートする」っていうところなので私の真志命がなぜそこに至ったかっていうお話をさせていただきます。

話はおよそ11年前に遡ります。坂本先生が、現在の立志財団の前身となるマーケティング事業の起業塾を運営していた頃のことです。ちょうど私自身が結婚して3年目、2013年から2014年にかけての時期で、事業は大きく成長していました。

グループ会社全体で年商は約5億円、スタッフは40名規模に拡大し、生徒も年間600人ほどが参加する本格的な大型スクールとなっていたのです。売上規模としては最も大きな時期でしたが、その一方で非常に大変なこともありました。

成功の裏で生じた人間関係の壁

ーどんなことが大変だったんですか。

当時最も大変だったのは、人間関係でした。マーケティングのスクールには多くの生徒が集まり、月に100万円を目指すカリキュラムを提供していました。しかし当然ながら、全員が成果を出せるわけではありません。

思うように結果が出ない人の中には「教え方が悪いのではないか」と不満を抱き、クレームを寄せる方も出てきました。クレーム対応に追われるうちにスタッフが疲弊し、その不満が社長に向かうという悪循環が生まれていったのです。

さらに別事業として展開していた速読のオンラインツールでも問題が起こりました。速読の先生とコラボして進めていたのですが、その先生と担当スタッフとの間でトラブルが発生。坂本先生はその仲裁に奔走するなど、人間関係の課題に頭を悩ませる日々が続いていました。

ー稼いでいるけど、人間関係が大変だったんですね

もう一つがメロンパン屋さんの事業で知り合いがメロンパンのフランチャイズの本部をやっていて「店舗を出さないか?」と声かけてもらって、そのタイミングで私の兄がちょうど失業したっていうタイミングでした。それでお兄ちゃんにじゃあお金出してあげてお店を出すことにしました。

ーその事業はどうなったんですか?

私の兄も別にメロンパン屋さんがやりたかったわけじゃないってなりました。むしろやってあげたお店出してあげたっていう気持ちだったので「長時間働かせやがって」や「お給料安い」とかと言われてまた私がちょっと温泉行ったら、それだけでも「お前らだけ遊びやが」とまあすごい文句言われてしまう状態でした。それで3つの事業とも人間関係がぐちゃぐちゃでした。

「何のために仕事しているの?」と問いかけられた日

ー本当に大変な時期を過ごされたんですね。

さらに追い打ちをかけるように、坂本先生のお父さまが肺がんを患い、東京と実家の和歌山を何度も行き来する生活が始まりました。まさに大変な出来事が一気に重なった時期でした。

その頃、私は営業職として会社員をしていました。以前は一緒に事業をしていたのですが、「身内が近くにいない方がいい」という坂本先生の考えもあり、別の仕事に就いていたのです。結婚して3年目、夫婦で仕事の話をほとんどしない生活でしたが、ある日、私が疲れ切った顔をしていたのを見て、初めて坂本先生が「大丈夫?仕事大変なの?」と声をかけてくれました。

そこで私は、思わず「もう辛い、苦しい」と本音を打ち明けました。その時に坂本先生が「何のために仕事をしているの?」と問いかけてくれたのです。二人でワークのように「自分のため」「お客さまのため」など思いつくことを書き出していきました。

最終的に私が気づいたのは、「私、坂本先生に褒められたくて仕事を頑張っていた」ということでした。その気づきには、実はちょっとした裏のストーリーがあるのです。

夫婦で大泣きして気づいた、本当に大切にしたいもの

ー裏のストーリーですか?

私はバツイチで再婚なんです。坂本先生より私の方が年も上です。彼は田舎の長男ですから子どもを産めないかもって思ったら、それもなんか重圧で申し訳ないなっていう気持ちになって、条件が悪い私と結婚してくれたって思ってました。

 そんな坂本先生は結婚する前に「頑張る人が好き」って言ってたのをずっと覚えてて、頑張って仕事の成果が上がると、坂本先生もすごく褒めてくれました。

「今日契約、決まったよ!」って言いますと「すごい偉いね!」って褒めてくれました。褒められたくて、仕事頑張ってたっていうことがわかりました。それがわかった時は坂本先生ももう号泣です。

「本当にごめんね」って謝ってくれた。「君を苦しめてたのは僕だったんだね」って本当にごめんねって謝ってくれました。「もう今後一生何にも生み出さなくても。君のこと大切にするから、今すぐ仕事やっていいよ。好きなことしていいよ」って言ってくれました。2人で大泣きして、私は仕事を辞める決断をしました。

こんなこと言ってくれる人、私の人生に一人も今まで一人もいなかったって思って。私の残りの人生の仕事は、彼がやりたいことを一緒に叶えていくことだと思いました。

二人で話しあった時の原稿。当時の大変さが伝わります。

私の真志命は 「坂本憲彦の夢の実現をサポート」 

その後、坂本先生も会社が一番売り上げのいい時に社長を降りることになりました。「私に仕事やめていいよ」って言ってくれた時に、もう多分自分も社長を降りなきゃいけないってわかってたと思うんですよ。

普通の人だったら私は会社員だから定期的な収入があることがメリットだと思います。しかし、「もうすぐに仕事やめていいよ。好きなことしてよ。もう何にもしなくていいよ」と言ってくれたのがやっぱり男気がすごいなって思いました。

本当に尊敬しています。彼の生き様や男気っていうところにも本当に惚れました。彼がやりたいことをもう一度見つめ直すことで一回社長を降りた経験をしました。

その後、松下幸之助さんの「事業は志を立てるところから始まる」という教えに深く感銘を受けたことがきっかけとなり、立志財団が誕生しました。私自身にとっても、その思いは大切な原点であり、今も変わらず「坂本憲彦の夢の実現をサポートする」という姿勢を貫いています。

経営の神様から学んだ1年間

ー坂本先生は社長を降りた後、最初にどのようなことから始められたのでしょうか?

経営の神様と呼ばれる松下幸之助さんを改めて学ぼうと決意し、1年間「松下幸之助経営塾」で学び直しました。その過程で、再び「起業家や経営者をサポートしていきたい」という思いが強まり、覚悟を決めて立志財団を立ち上げることに至ったのです。

当時は、マーケティングやお金を稼ぐことよりも「志から事業をつくる」という姿勢を大切にしようと、自らの軸を定めました。ただ、その確立までにはおよそ1年ほどの試行錯誤の時期もあったといいます。

ーひろこさんは、立ち上げの時どのように関わっていらっしゃったのでしょうか?

私も立ち上げから一緒に関わっていました。理念づくりを共に考えたり、速読事業のサポートをしたり、さらにサブスクでビジネス関連の情報を提供する仕事にも携わっていました。そうした取り組みを積み重ねていく中で、少しずつ現在の立志財団の形が出来上がっていったのです。

嬉しい声を聞けるのが原動力

ーQ.先ほど八年くらい財団のサポートをやっててなんかよかったと思った出来事やエピソードはありますか?

日々感じることは「立志財団に入ってよかった」とか「坂本先生に出会えてよかった」と言っていただけること「ビジネスが進んだとかっていう「志が本当に確立しました」など出会えてよかったみたいな言葉をいただけるっていうのがやっぱりすごく嬉しいです。一つの大きな出来事っていうよりも日々の嬉しい声を聞けるのが良かったなと思います。

真志命=自分自身が本当に心の底からやっていきたい考え方が腑に落ちて、自分の腹に落ちたという声も最近は多くって目に見えやすいっていうところの結果っていうよりも、やっぱりそこを心をしっかり固めることによって、自身のビジネスに影響が出てくるかっていうお声をいただけるのでやっぱり嬉しいです。本当にやっててよかったなと思います。

第二の実家としての役割

ー今後、立志財団はどのような方向を目指していきたいとお考えですか?

多くの方に立志財団の理念や考え方を知っていただきたいという思いはありますが、基本的にやっていること自体は変わらないと思っています。私が大切にしているのは、理念カードにも書かれている「第二の実家」という言葉です。

実は、私の両親はすでに亡くなり、かつて住んでいた家も売却したため、今は実家と呼べる場所がありません。だからこそ、立志財団が「自分の居場所」として機能しているのです。嬉しいことがあれば一緒に喜び、困ったことがあれば解決のお手伝いをする存在でありたいと願っています。

実感できる「居場所」は、作ろうと思ってもなかなか作れるものではありません。だからこそ、財団に来ればほっと安心できる、忙しい日々の合間にふと立ち寄りたくなる、そんな“第二の実家”のような場所であり続けたいのです。私も坂本先生も、これからもずっとここにいて、皆さんを迎えられる存在でありたいと思っています。

お母さんから受け継いだサポート力

ー自分の両親とかお父さん、お母さんみたり、おじいちゃん、ばあちゃんとかなんか。ご家庭の影響とかございますか?

私の家系には学校の先生が多く、祖父も校長先生を務めていました。母も校長の娘として、人を包み込むような優しさを持つ人でした。一方で父は幼少期から大変な苦労を重ね、貧しい環境で育ちました。

祖父は真っ直ぐに生きた人で、少し疑い深い面もありましたが、とても真面目で、常に周囲に気を配るような人でした。そうした性格は、私自身の父を通じて受け継がれた部分なのかもしれません。

母からは人を支え、サポートする力を受け継ぎました。私が誰かを支えることを自然にできるのは、母の影響が大きいと感じています。

実際、私も坂本立志塾の1期生として両親や祖先について掘り下げていく中で、「母から、そして祖父母から受け継いだものが今の活動につながっている」と改めて実感しました。納得しながら今の取り組みに向き合えることは、本当にありがたいことだと思っています。

自分の志を実現させるのが一番大切なこと

ー最後に立志財団のことを気になっている方へのメッセージをお願いします。

私が一番大切にしているのは、その人自身の「幸せ」です。幸せの形は人それぞれで、何をもって幸せと感じるかは違います。その幸せを考えることが、ビジネスをサポートする上でも最も重要だと考えています。もし立志財団で一緒に取り組めるなら、その方にとって幸せな形でビジネスを進められるよう支えていきたいと思っています。

立志財団に関わることで、ビジネスコミュニティとして経営や数字、知識面で必要なことを学ぶことはもちろん可能です。しかし、他のコミュニティと大きく異なるのは「第二の実家」としての役割を持つ点です。その方に合わせたサポートを行い、安心して挑戦できる環境を提供できることが、私たちの特徴だと考えています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今回は坂本ひろこさんにお話をお伺いしました。
「坂本憲彦の夢の実現をサポートする」という真志命を掲げる裏には坂本先生の「すべての人を真に導く」という大きな志も同時に掲げるまさに相思相愛。立志財団がビジネスのただのコミュニティではなく「第二の実家」としての役割があり、居心地の良さは他にはない魅力ですね。

ぜひ坂本ひろこさんに何か気になればぜひお気軽にご連絡ください。
インタビューご協力ありがとうございました!
Facebook:https://www.facebook.com/profile.php?id=100004252479181&locale=ja_JP